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昼飯のスパゲティナポリタンを眺めながら、積年の疑問を考えていた。 

それは「なぜナポリタンは赤いのだろうか」という問いである。 

簡単に見えて、奥の深い問題だ。 

「赤いから赤いのだ」などとトートロジーを並べて悦に入る浅薄な人間もいるが、 

それは思考停止に他ならず、知性の敗北以外なにものでもない。 

赤方偏移」という現象がある。 

宇宙空間において、地球から高速に遠ざかる天体ほどドップラー効果により、 

そのスペクトル線が赤色の方に遷移するという現象である。 

つまり、本来のナポリタンが何色であろうとも、ナポリタンが我々から 

高速で遠ざかっているとすれば、毒々しく赤く見えるはずなのだ。 

目の前のナポリタンは高速で動いているか否か? 

それはナポリタンの反対側に回ってみることでわかる。 

運動の逆方向から観察することで、スペクトルは青方遷移し、 

青く見えるはずなのだ。 

逆に回ってみたところ、ナポリタンは赤かった。 

よってこのナポリタンは高速移動をしていないと言える。 

しかし、ここである可能性に気がついた。 

ナポリタンの向こう側に回ることが出来た私は、ナポリタンのそれ以上に 

早い速度で移動したことになる。 

仮にナポリタンの移動速度の二倍の速さで移動したとするならば、 

ナポリタンは相変わらず前と同じ速度で遠ざかり行くこととなり、 

その毒々しいほどの赤色を私の前に放ち続けることとなるわけだ。 

ここまで論証を進めすっかり疲弊した私は、手元のフォウクで 

スパゲティをたいらげにかかった。 

(注釈:賢い論証を進めているのに、物体の『色』の根本を忘れている所が素晴らしい)