0376 - ZEROの法則;法則19

その気のない女は話を合わせない

シチュエーション

 4月から社会人になる男(24)と4月から大学4年生になる女(20)。
 二人は同じ大学の先輩後輩で、サークルも一緒である。
 男は毎週のように女の携帯にかけデートに誘っていたが、「今、気持ちに余裕がない」とのよくわからない理由で断られ続けてきた。しかし、押しが効いたためか、とうとう八景島シーパラダイスに誘うことに成功した……


男:「イルカ可愛かったよね。なんか、すっげぇ小さいやつ」
女:「ええ」←前方を見ながら返事
男:「俺的にはペンギンもよかったな。水槽往復していてさ」
女:「そうですね」←相変わらず前方を見ながら返事
男:「アザラシもいい味出してたよね」
女:「ええ」←やっぱり前方を見ながら返事
男:「……」
女:「……」←しゃきしゃきと歩いている
男:「……」
女:「……」
男:「……あ、もう9時過ぎてるよ!」←突然
女:「あ、はい」
男:「あの、ほら、えっと、あのさ、あ、そうだ、喉乾いてない? 最近、海のサプリって出たじゃん。あれに凝ってんだよね。珊瑚エキスだかなんだかってのが入ってるんだって。……あ! あそこに売ってるよ! うわぁ、なんかすっげーラッキー、奈々子ちゃん、どれにする? コーラ? それともサプリ? ウーロン茶もあるよ!」
女:「っていうか、いいです」←きっぱり
男:「え?」
女:「喉乾いてないから」
男:「え……で、でも、ずっとなんにも飲んでないじゃん」
女:「でもいいです」
男:「いや……でもいいですって、ほんとにいいの?」
女:「はい」
男:「そう……か」
女:「飲みたかったら別にあたしに遠慮しなくていいですよ」
男:「いや、あははは、別に俺もそんなに飲みたいっていうわけじゃないからさ」
女:「……」←再びしゃきしゃき歩き出す
男:「あ、そうだ、あのさ、腹減ってない? もう、俺ぺこぺこだよ。ここからだと、どの辺が近いかな。桜木町に行くか、横浜に出るか。そうだ、この間雑誌で読んだんだけど横浜スタジアムの近くに美味しいレストランがあるんだって。オムレツが特に美味って書いてあったなぁ。オムレツってたまに食べるといいよね。俺、たまご使った料理はわりと苦手なんだけど、オムレツだけは別。もう、毎日食べたって飽きない。よし、じゃあ、行こうか!」
女:「いいです」←再度きっぱり
男:「……いや、いいって、だって俺たち、10時間以上なんにも食ってないよ?」
女:「あたしはお腹空いてませんから」
男:「いや、でも……」
女:「食べたかったら別にあたしに遠慮しなくてもいいですよ」
男:「いや、あははは、別に俺もそんなに腹減ってるっていうわけじゃないからさ」
女:「……」
男:「……あ、じゃあ、軽くコーヒーでも飲んでいこうか。ほら、そこの喫茶店で。最近、缶コーヒーばっかり飲んでいるから、たまにはこういう店で飲みたいと思ってたんだ。でもさぁ、最近結構缶コーヒーも美味しくなったんだよ。ほら、タイガー・ウッズがCMやってるワンダとか、あと、ボスもうまいんだ。だけどなんだかんだ言って、やっぱ喫茶店のコーヒーにはかなわないよなぁ。えっと、2軒あるけどどっちにしようか。あっちの方がいいかな、なんか雰囲気的にも。向こうはちょっと寂れてるもんねー。じゃ、あっちにしよう!」
女:「あたし、いいです」←三度きっぱり
男:「……コーヒー嫌いとか?」←涙目
女:「っていうか、さっきも言ったけど、お腹空いてないし、喉も乾いていませんから。高橋さん、コーヒー飲んできていいですよ。あたし、そこら辺の店で適当に時間潰してますから」
男:「いや、そういうわけにはいかないから……じゃあ、もう帰ろうか」
女:「そうですね」
男:「奈々子ちゃんは川崎だよね?」
女:「そうです」
男:「じゃあ、一緒の電車だね。俺は品川に出て、山手線だから。よし、行こうか」
女:「あたし、今日は逆方向から帰りますから、どうぞお先に。もうすぐ電車来る時間ですよ」
男:「逆方向って……」
女:「これから茅ヶ崎の友達に会いに行かないといけないので」
男:「ああ、そう……なんだ」
女:「それじゃ、今日はありがとうございました。さようなら」

 こちらはまったくその気がないのに、何度も何度も性懲りもなく誘ってくる男。女からすると、彼は悪徳商法の電話勧誘員に近いものがある。
 永久に断り続けて関係を絶つ女性の方が多いが、中には「はっきり言ってうざったいけど、電話で『あなたに恋愛感情を持つことは一生ない』ときっぱり言えるほどあたしは強くないし、しょうがないから一度だけ付き合って、こっちの態度でわかってもらおう。それに一度会えば向こうも気が済むだろう」と考える女性もいる。二人きりで会えばなんとかなるという男の押しに負けたのだ。
 しかし、男に対して恋愛感情を持ってしまうこともないわけではないが(男の熱意がうまく作用した場合)、多くは上のパターンのように話を合わせないことで盛り上がりと男に対しての感情移入を防ぎ、壁を作ったままデートを切り抜け、その後、男から誘いの電話がかかってきても(あたしは一度あなたに付き合ってあげたんだよ?)という意識を持ってきっぱりと断ることになる。

 ここまで強い意志を持たれると、男としてはお手上げだろう。しかし、多少強引でも「ジュースを2本買ってきて」「粘るだけ粘ってレストランに連れ込み」、勝負するべきだ。引き下がっても勝負しても、駄目な時は駄目なのだから。
 傍から見たら無理そうなことでも情熱を持って当たれば叶えられる場合もあるが、引きっぱなしでは何も起こらない。