0368 - ZEROの法則;法則11

からしか電話をかけない間柄で、女に「そのうちこっちからかけます」と言われて電話を早々と切られた場合、いくら待とうが、その女からはその後、100%電話はかかってこない

シチュエーション


 共通の友達の紹介で知り合った男(会社員・27歳)と女(OL・23歳)。
 何度か二人で食事に行ったり、動物園などに行ったのだが、男の方が一方的に燃え上がるばかりで、女の方はあまりピンと来ていない様子である。とりあえず、最初のデートで電話番号を交換したが、女の方から男へ電話がかかってきたことは過去に一度、デートをキャンセルされた時だけしかない。
 男は、(とにかく押すしかない)との意気込みを持ち、三日に一度は女の家に電話をかけている。そしてまた今日も女の家に電話をかけた……。


男:「あ、もしもし木村です」
女:「あ、はい」←なんか困った感じで
男:「あれ? どうしたの、なんか電話かけちゃまずかったかな?」←おちゃらけながらも動揺している
女:「いや、そんなことないです」
男:「いや、なんかまずかったら切るけど……」←ちょっと自信がなくなってきた
女:「え、大丈夫ですよ。平気です」←ちょっと明るく
男:「そっか」
女:「はい」
男:「……」
女:「……」
男:「……」
女:「……」
男:「あ、あのさぁ、この間ね、CD買ったんだよ」←必死で探した話題がこれ
女:「へー、最近なんかいいの出ましたっけ?」
男:「いや、イングヴェイのアルバムなんだけどね、すっごいかっこいいんだ」
女:「……イングヴェイって?」←いぶかしげに
男:「いや、ハードロックのギタリストなんだけど」
女:「ふうん」←ハードロックにまったく興味なし
男:「……」
女:「……」
男:「あの、えっと、五十嵐さんは、なんか最近買った?」
女:「CDですか?」
男:「そうそう」
女:「んー……最近は買ってないですね。あんまりいいの出てないから」
男:「あ、そうなんだー」
女:「はい」
男:「……」
女:「……」
男:「あのー、あ、えっと、なんか、いつも電話しちゃってごめんね」
女:「いや、そんなことないですよ」←なにか開き直ったような口調で
男:「ならいいんだけど……」
女:「……」
男:「……」
女:「また、そのうち、こっちから電話します」←いきなり
男:「え?」
女:「木村さんって夜はいるんですか?」
男:「あ、うん、土日はあんまりいないけど、平日は結構いるよ」←脈拍上昇
女:「あ、じゃあ、その辺に」
男:「うん」←ちょっと幸せ
女:「それじゃまたその時にでも」
男:「うん」←想いが通じたような気がしてきた
女:「じゃあ、おやすみなさい」
男:「うん、おやすみー(*^^*)」

 いつにも増してよくあるパターンだ。
 ここで重要なポイントなのが、彼女は決して本気で彼に電話をかけようなどとは微塵も思っていないということである(文中の男には気の毒だが)。
 では、彼女の「またこっちから電話します」は一体どういう意味が含まれているのか。
 それは「もう電話切りたいんですけど」に他ならない。
 話しても面白くない男から電話がかかってきて、その電話を早めに切り上げたい場合、
「あ、これから出掛けるところなんで……」
 は出前の催促に対する蕎麦屋のいいわけみたいでちょっとスマートではないし、嘘をつくことにもなるから自分に対しても気まずい。が、「こっちから電話します」を使うと、(今はちょっと都合悪いんで、また電話します)というように男には聞こえ、男の方も納得しながら電話を切れる。
 女としても、(ありえないけど、そのうちかけることがあるかもしれない)と考えられるので、自分に対しても嘘をつくことにならない。そして、「こっちからかける」と言うことで、向こうからの電話を、ある程度の期間、阻止出来るというおまけまでつく。まさに女にとってはすべてが丸く収まる究極の断り文句だ。
 この分析が正しいかどうかは、実際にこう言われた女に電話してみるといい。まず間違いなく、下の例のようになるはずだ。

男:「あ、もしもし、木村ですけど」
女:「あぁ……はい」
男:「あのー……忙しかったんだ?」←こっちから電話しますと言われて丸一カ月経過
女:「はい、忙しいですね」
男:「……」
女:「……」
男:「なんか……あの、電話くれるっていうから、ずっと待ってたんだけどね、はは」
女:「あぁ……ごめんなさい」←明日にでも地球が滅亡するかのような暗い声で
男:「でも、忙しかったんなら仕方ないね」
女:「はい」
男:「……えーと……それじゃ電話切るね。別に用事はなかったから」
女:「はい」
男:「……あ、えっと……俺とご飯食べに行く暇ないよね……?」
女:「あぁ……ちょっとないですね……今年いっぱいは忙しいんで……」←ちなみに今は7月である
男:「そっかぁ……じゃ、身体に気をつけてね。……また電話しても大丈夫?」
女:「……んー……最近ちょっと家にいないんで……」
男:「あ……そう」
女:「すいません」
男:「いや、いいっていいって。それじゃおやすみー」
女:「はい、おやすみなさい」

 女からすると、この男は「社交辞令を真に受けた、かなり迷惑な男」としか映らない。
 結局のところ、女の「こっちからも電話します」という言葉は、その言葉に反してまったく電話をかけないことで、向こうの好意を自然消滅させるなかなか高度な断り文句であると言える。
 女にこの言葉を言われたら、さっさと気持ちを切り替えた方が、私は賢明だと思う。